2007-02-28

盤錦 (1)

 朝5時半頃目が覚めるが列車の揺れが気持ちよく熟睡した。窓の外は未だ暗い。下車前に女性乗務員がもう一度切符の確認に来た。7時盤錦駅到着。
 低いプラットホームが異国の鉄道に乗ってきたことを思い出させる。
 駅前の朱色の建物が朝日を浴びて何ともエキゾチック。駅前のロータリーでは客をつかもうとするタクシーが殺到してくる。ドライバーは大きな声で何処まで行くのだと喚きながら後に付いてくる。
 無事于くんの実家に到着。昼食は于くんのお母さんの手作り。あっという間に于くんとご両親、叔父さん夫妻、馬超さん達の賑やかな中国語の洪水の中に放り込まれた。
 名白酒「郎」で乾杯が始まる。気持ちよく飲み過ぎて最後はシャツも脱いで…、その後のことは記憶にない。

2007-02-27

北京 (2)

 今年の干支は日本なら亥年、中国と韓国なら豚年。街の所々に、ショッピングモールのショーウインドーに愛嬌のある豚が飾ってある。こちらは未だ正月気分なのだ。
 12時過ぎに新疆ウイグル自治区人民政府北京駐在所内にあるレストラン「新疆伊斯美飯庄」でJ社の楊さんと打合せ。店内は北京で入ったレストランとは異なる雰囲気で、客もスタッフも中東系の顔立ちが目立つ。
 頼んだ料理の一つ、ナンを敷いた上に煮込んだ羊の肉を載せたもの。肉汁を吸ったナンが美味しかった。
 食後は楊さんと別れてタクシーで北京事務所に向かい二時間ほど打合せ。その後、崇文門に戻り崇文門菜市場で夜食を調達。中国式クレープか食欲をそそる香りだ。
 こちらはブルー、グリーン、ゴールドと見たことのない色をしたソーセージの外装。これは買わなかった。盤錦に移動するために北京駅に向かう。
 駅のプラットホームに車で乗り付けられるようになっている北京駅。ホームを歩いているとクラクションとヘッドライトにビックリさせられた。ただしホームまで車で入ってこられるのは一部の特権階級のみ。
 乗車した寝台夜行列車が目指すのは盤錦駅。明日は盤錦市だ。

2007-02-26

北京 (1)

 ソウルから北京に移動。5時に起床して5時30分にチェックアウト。Sandoll Communication Inc.さんお世話になりました。5時45分地下鉄安国前から空港行きリムジンバスに乗る。インチョン国際空港には6時45分に空港に着く。搭乗ゲート前の窓がようやく昇ってきた朝日で眩しい。
 午前10時30分に北京国際空港に到着。出迎えのハイヤーを見つけてホテルに直行。荷物をほどき土産物を出してタクシーで情報産業部のある安定門東大街に向かう。この建物には中国ITに関連する政府機関がまとまって入っている。
 仕事の話も無事済んで会議の出席者で四川料理の「訂餐卡」で会食。大きなワインラックが入り口を塞ぐように立つお洒落な四川料理レストランだった。

2007-02-25

ソウル (5)

 22日に朝食に行った言ったヘジャンクク専門店の味噌仕立てが口に合う。今朝もう一度一人で行ってみた。
 ホテルから歩いていける距離にある景福宮を見学する。光化門は修復中で白い覆いが掛かっていて見ることができなかったが、興礼門前で行われる守門将交代式衛兵交代式を見ることができた。景福宮に隣接する国立民族博物館もついでに見学する。
 さらに集玉斎に回って見学する。見学後、集玉斎横の神武門を出ると目の前は青瓦台だ。さすがに警備が物々しい。
 清瓦台前の道を景福宮に入ったところまで歩いて戻る。そのまま仁寺洞に向かい持参したガイドブックが推薦している韓国式餃子のマンドゥ専門店「クン」で昼食。牛肉スープマンドゥを試す。7,000Won。この店が土地の人達にも人気があるのが分かる味とボリュームと値段だ。
 観光客でごった返す仁寺洞のど真ん中で『FREE HUGS』と書いた段ボールを掲げている青年。近寄って抱き合うのは外国人か一部の若い女性が多いようだ。一部始終を小型ビデオカメラで記録している仲間がいたので学生のパフォーマンスなのだろう。スマートなセンスを感じるパフォーマンスだ。

2007-02-24

ソウル (4)

 ホテルの裏側にある大きな寺院が気になっていたが国立中央博物館に行くついでに寄ってみた。カラフルな山門の扁額に寄れば『大韓佛教總本山曹溪寺』。読経が行われている本堂の周囲には中に入れなかった人達が熱心に参拝している。
 国立中央博物館まで地下鉄を乗り継ぐ。今日は特別の日なのか入場無料になっていた。音声案内を借りて中に入る。
 ハングルの歴史や金属活字の変遷を主眼に展示物を見て回る。館内の陳列物の写真撮影はオーケー。
 一緒に国立中央博物館を見学した鳥海さんはソウル駅前から空港に向かい帰国。一人で夕食に出る。仁寺洞でレールを敷いたレストランの入り口を見つけた。
 実際に食事をしたの別の古民家風のレストラン「Da Wol」。イカと豚肉のプルコギを注文したが甘辛くて美味しかった。ウエイトレスの学生アルバイト全孝珠 (Jeon Hyo-Ju) さんがメニューや材料の説明をしてくれた。

2007-02-23

ソウル (3)

 ホテルの窓からは韓国日報社の横にソウルの山が見える。
 今朝も宿酔に良いというヘジャンククで朝食。今日の店は昨日の店と違って味噌が入っていない。そして朝からキムチだ。
 増改築中のSandoll社を撮影することができなかった。周囲はまだ古い煉瓦壁の家が残っている住宅地だ。
 家庭風韓定食で重いランチ。炊きあがった古代米(?)をボールに移して好みのトッピングを入れ、テンジャンチゲをかけるて食べる。石釜にはお湯を入れておき、食後にお焦げをはがしてお湯と一緒に食べる。これが昔からの食べ方。食事を粗末にしない気分が伝わってくる。
 市の中心部を西から東に流れる清渓川(チョンゲチョン)がある。この川は2003年7月から2005年9月にかけて行われた清渓川の再生事業によるものだ。
 2003年7月以前の同川は暗渠でその上を高速道路が走っていた。それを昔の川をよみがえらせようという清渓川復元事業によって高速道路が撤去され暗渠だった川が再生されて今日に至っている。
 清渓川の遊歩道を下って廣場市場まで歩く。廣場市場地場の店先には韓国特有の甘辛漬け物が並んでいる。

2007-02-22

ソウル (2)

 今回ソウルに来たのはSandoll Communications Inc.社の主催による「韓日タイポグラフィーフォーラム」に出席すること。会場となった成均館大学・六百周年記念館。
 講師を務めた右から小宮山さん、劉さん、鳥海さん、石さん。
 フォーラムは社会人50,000Won、学生20,000Wonと有料にもかかわらず出席者は450人を越えた。講演者のジョークにも反応の良い笑い声があがっていた。メディアからの取材もあったのでソウルでは注目されたイベントだったようだ。
 会場トイレの見慣れない青いレバーは手を洗うための固形石鹸。ソウルでは一般的なスタイルだそうだ。
 フォーラム終了後の関係者の会食は「韓定食」。この日の一押し料理がこの「神仙炉」。
 二次会は関係者の一部とSandoll社のフォントデザイナーとの交歓会。明るくてよく呑み笑う若者に押されっぱなしだった。

2007-02-21

ソウル (1)

 ソウルは心配していたほど寒くなかった。ホテルにチェックインしてから近くの仁寺洞をぶらついてみた。仁寺洞入り口で見つけた歯医者の看板。韓国歯科とある。東京ならさしずめ日本歯科と言うところか?
 ウィークデーの昼間とあって閑散とした仁寺洞街。葉の無い街路樹がいっそう寒々しい。
 大きなガラス窓の向こうに私の好きな濃いブルーの立体が目に入ったので立ち止まると「Gana Art Space」という画廊の前だった。作品はYoung Hye Kimさんのもので頂いたパンフレットには三回目の個展とあった。
 彼女にこれは彫刻かテキスタイルなのか訊いてみたが、彼女にもはっきりした定義がないようでSoft Sculptureだと言っていた。
 夕食は、明日開催される「韓日タイポグラフィーフォーラム」の講師を務める小宮山さん、鳥海さん、劉さんや日本からフォーラムに参加する日下さん、長田さん達と仁寺洞の細い路地奥にある「田舎屋」で韓国の味に浸る。「田舎屋」ではチゲを煮込む大きな釜が客の通る場所に置かれて熱い湯気を上げていた。

2007-02-20

Biz Tower

 建物だけを見ていると随分できあがってきたBiz Towerだが、工事現場を囲っている塀には何故か竣工予定が来年2月とかいてある。何故なんだろうと思っていたが塀の中ではまだまだ大がかりな工事が進行中だった。

2007-02-19

富沢施術士

昨年10月に起こした左足脹ら脛肉離れ(こちらは既に完治)の治療に引き続いて、その肉離れよりもさらに古い傷で昨年3月頃痛めた右肘の治療で今もお世話になっている馬橋接骨院の富沢施術師。マスクをしているからいいだろうというので撮影させてもらった。

2007-02-18

墨攻と東京マラソン

 気になっていた映画「墨攻」を見てきた。酒見賢一の小説「墨攻」が原作で、1992年から1996年にかけてビッグコミック誌(小学館)に連載された森秀樹(作画)・久保田千太郎(脚本)のコミック「墨攻」が今回の映画の下敷きになっているということを映画「墨攻」の公式サイトを見るまで知らなかった。
 中国、韓国、香港、台湾、日本からスタッフやキャストが参加している汎アジアの映画でもあった。映画を通して見えた墨家思想の底流は殺伐としてドライな現代にあって惹かれるものを感じた。ストーリーは単純でわかりやすいのだがヒーローの革離(アンディ・ラウ)は描き方が浅くて人物像が見えてこなかった。むしろ梁王(ワン・チーウェン)や梁適(チェ・シウォン)、巷淹中(アン・ソンギ)に為政者、指導者としての人間くささが感じられた。
 写真は公式サイトの壁紙から拝借してきた。
 映画を見終わって銀座四丁目の交差点に出てみると大規模な交通規制が敷かれた中「東京マラソン2007」実施中だった。報道によると30,000人が参加した大会だったという。
 三越前を走る参加者の長い列は銀座一丁目の先まで途切れることなく続いていた。

2007-02-17

じゃがポックル

 肘の治療に通っている馬橋接骨院の冨澤さんから接骨医院の合宿で出かけた北海道のお土産「じゃがポックル」をいただいた。カルビーのご当地限定商品で何時も品薄、入手が難しいジャガイモのお菓子なのだという。
 さっそく「じゃがポックル」をつまみに缶ビールを開ける。なんだ、フライドポテトじゃないかと思いながら口に放り込むと全く脂っこくない。外側はカリンッとしていて中は茹でジャガ風。フライドポテトとは別物だった。品薄が納得できた。

2007-02-16

訂正申告書

 先月末、早々に済ませた確定申告だったが税務署から訂正申告書なるものが届いた。税務署で計算され直した「所得税の訂正申告書」と一緒に税務署の担当者名と連絡先が入っていたので早速電話をしてみた。
 過去3年間と同じように国税庁の確定申告作成サイトを利用して作った申告書なのに。申告書に記載されている数字も昨年と殆ど同じなのに。何故今年は訂正(納税額がアップするのだ)されなければならないのか? こちらはサイトのフォームに従って数字を入れ、結果をプリントアウトして提出しているだけなのに、何故なんだ!
 担当者曰く「経費に対する解釈の違いですね。昨年は大目に見たのかもしれないですね。」泣く子と税務署には勝てません。
 税金を払うのはやぶさかではないが、税額が確定したと思っていたのに増額されるというので、ついつい頭に血が上ってしまった。

2007-02-15

キャピトル東急ホテル

 永田町にあるキャピトル東急ホテルの周囲に足場が立ち始め、いよいよ取り壊し工事が始まるようだ。1963年6月に東京ヒルトンホテルとして開業、2006年11月30日に営業を終了している。43年間営業して来たことになる。紀尾井町のホテルニューオータニは東京オリンピックが開催された1964年に開業している。
 跡地には2010年完成予定で複合ビルができることになっているそうだ。ここからの風景もその頃には一変しているのだろう。手前は山王日枝神社の鳥居。

2007-02-14

雨上がり

 ひどい吹き降りだったらしい、夜も11時半を回った頃に駅を出ると道路が濡れている。駐車場の車のボンネットは上がって間もない様子の雨の跡を残して橙色の防犯灯の下で金色に鈍く光っている。
 久々に顔を合わせたKさんを囲んで職場の有志と赤坂のモツ鍋屋にいたのが幸いして雨に濡れずにすんだ。

2007-02-13

葡萄が育つ?

 都内では未だ初雪がないのに明日は春一番が吹くという。地球温暖化・異常気象に関する報道にもしばしばお目にかかるが、現在の温暖化(だとすればだ)がエネルギーの使い過ぎによるものなのか、現在もその時代にあると言われている氷河期が終わりに近づいているからなのか? あるいはその両方だからなのか?
 昨年12月から今年の2月までの三ヶ月間、南極大陸で異常気象の研究をしてきたCanadaの気象学者Maciekに地球温暖化をどう思うか訊いてみた。彼の研究がまだコメントできる段階ではないのか、あるいは彼が慎重な研究者だからなのか、質問に対する直接的な返事をもらうことができなかった。
 ただ一言、"We will be able to grow more grapes for wine in our region."と言うだけだった。

2007-02-12

梅一輪

 ポカポカ陽気に誘われて自転車で「21世紀の森と広場」に出かけた。水辺は未だ枯葉色だが暖かい日差しの中でジョギングに汗を流す人、子供とボールを蹴る若いパパ、手をつないでゆったりと散歩するシニアのカップル、小さな流れに架かった橋の下に潜り込んで何やら棒切れでつついている腕白達、ベビーカーを押すホヤホヤのお父さんとその後ろでソフトクリームをなめているお母さん。平和だ〜!
 小さな梅林は三分咲きくらいか、時たま吹き抜ける柔らかい風に花びらが応えていた。

2007-02-11

ASK13

 季節外れの激しい雷雨から明けた今朝も風が強い。野田橋から江戸川土手添いの道に入ると青空にうっすらと富士山が姿を見せていた。
 飛行クラブのメンバーがソアリングの準備をしている関宿滑空場に着いたのは8時45分、声を掛けずに栗橋の読売大利根滑空場に向かう。栗橋に着くとKa8Bのレストア作業で活躍した学生達が暖かく声を掛けてくれた。
 終日強い風が吹く中、黄色い機体のASK13 JA2130が学生と教官を乗せて急角度で青空の中の点になってゆく。昨年10月にウインチ曳航を体験してみてはと久野さんから勧められていたのだが、やっとハーネスで後部座席に身体をくくりつける時が来た。機体が動き始めてから10秒、あっという間に850m上空に浮かんだ。ゴンッという音と共にワイヤが外れ急にコックピットの中が静かになった。
 写真右上に見えるハート形の池は渡瀬貯水池。