2010-11-27

馬頭観音(飯野観音)

かつては風致地区に指定されていた飯野も少しずつだが変化してきた(現在も風致地区に指定されているのかどうか調べ切れなかった)。裏山が削り取られ、車が通り抜ける道路ができ周囲を走る車の数が増えている。
松虫寺がらみで続けて出かけた飯野の馬頭観音(飯野観音/東徳寺)、いつ行っても人の姿が無く荒れるに任されているようだ。
畑の中の細い道を辿り奧に東徳寺本堂がある竹藪横に開いた薄暗い口を入る。
 松虫寺の薬師堂はかつて朱色に塗られていたようだが、近寄って見てもそれらしい痕跡が見つからないこの飯野観音はどうだったんだろう。
 観音堂前の参道はこの石段に繋がっている。
夏の日に蝉時雨の中で遊び疲れた後この石段の一番上に腰を下ろし印旛沼を渡ってくる風に和んだのを思い出す。
百数段だったとおぼろげに記憶している石段、今回はせっかくなので自分の足で二度確認してみた。98段だった。創建当時のままのようで、あちらこちら欠けたりずれたりのままで、上る時はいいが下りるときは高さを感じることもあってかなり怖い。
 観音堂に向かって左側に石段の前に出られる細い坂がある。今は舗装されているが子供の頃は何時も濡れたような泥道だった。
 石段の下にまわると子供の頃に見たと変わらない風景がある。
 石段の下に簡単な説明板が立ててあったので以下に全文を引用しておく。
 馬頭観世音菩薩(東徳寺)
「飯野観音」で知られるこの寺は、飯野山と号し真言宗大聖院の末寺である。
寺の創建等は詳らかではないが、過去帳によれば、元禄十六年(1703年)法印良快をもって中興の祖とし、本堂は文化二年(1805年)法印快盛の代の建立である。
この馬頭観世音菩薩は領内農民の農馬愛護の為、信仰されていた。
さらに常夜灯等から佐倉藩士殊に馬術に関係ある士に信仰され、参詣された霊場であったことが明かである。
京成臼井駅へ約3.5Km(徒歩約40分)
京成佐倉駅へ約2.5km(徒歩約30分)
昭和五十七年一月
佐倉市

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