2011-03-31

SPONG

 使い始めてから35年は経つだろうSPONGのコーヒーミル、Made in England。シンプルなデザインに惹かれて購入したのを覚えている。SPONGと言うブランド、今は無くなってしまったようだ。
 今までに部品交換も修理もしたことがない、とにかく丈夫で壊れない、というか壊れるところがないコーヒーミルだ。このタイプのコーヒーミルをディアボロタイプと呼ぶ人もいるようだ。
 欠点は豆を挽くのに力がいること、豆が4、5粒になると臼に弾かれた豆が飛び出すこと、最後の一粒がなかなか臼に入っていかないことだが、これもご愛敬。
 本体中央のくびれは内側が臼になっている。豆を挽くときに手を添えるにもちょうど良い。
 くびれの下を捻ると粉受け皿が外れる。本体くびれの内側に臼の目が見える。
 粉の粗さは中央の二重ネジを調整して行うのだが、かなり大ざっぱなもの。微妙な粗さを調節するには少々のコツを要求される。
 それでも気に入って使い続けている。ごくたまにアンティーク・ショップ・サイトに出品されることもあるようだ。

2011-03-27

21世紀の森と広場

 地震酔いから醒めたくて「21世紀の餅と広場」で春に会ってきたが、未だ風は冷たかった。
 西口から入ると目の前に千駄堀が広がっている。
 千駄堀前の桜の蕾は、硬い殻が少し緩みはじめていた。
 「生命の森」に入って行くと新しくなった「マムシに注意!」の立て看板がかけられていた。、さいわい未だこの公園内で出会ったことはない。
 縄文の森の開けた場所ではアリが活動を始めていた。
 可愛いマゼンタ色の花は今が盛りの馬酔木(あせび)。並んで白い花も咲いていた。
 愛用のポンコツ自転車。軽くていいのだが前後のバランスが悪くて急ブレーキをかけると前につんのめる。

2011-03-26

追い出しコンパ

 今年も学生航空連盟(学連)の卒業生追い出しコンパに呼んでいただいた。会場は池袋北口の「腹八分目」。昨年と同じ場所だが店名が変わっていた。
 今年は東日本大震災の影響なのだろう出席者は6名。左から久保(庄司)さん、小川さん、成田さん、卒業後の就職先がJMGCに決まった山崎くん、そして後進のソアリスト達に厳しくも優しい愛情を注ぐ続ける久野さん。
 2009年の追い出しコンパでは追い出す側にいた山崎くんだが、学連の諸先輩から注がれた愛情で今日は終始、大人の雰囲気を漂わせていた。
 店名は「腹八分目」と変わっていても名物の「唐揚げ」は健在だった。

2011-03-24

Blossom

 何時からなのか、2月に来た時には無かった白州の樽蓋で作られたらしい新しい看板がドアの前に立てかけられていた。
 外は未だ明るいが既に先客が二人。
 数々のカクテルコンペティションで白川さん、長沼さんが獲得した多くのトロフィーやカップが飾ってあったラックは空っぽだった。
 先日の東北地方太平洋沖地震で全てがクラッシュしてしまったそうだ。
 一杯目はDry Martini。Chaserはウコン茶。
 二杯目は二口ほどが胃に収まってしまったがハバティーニ(Habatini/Habana Martini)。ツマミはパイナップル。本日はここまで。

節電

 東日本大震災後、我が勤務先の通常業務が再開された3月17日以降、天井はご覧の通り。
 もちろん暖房のスイッチは切ってあるので出勤したままのマフラー、帽子着用で勤務している。
 営業マンは全員出張中、SEの一部(約二名ほど)が上海に避難中。避難中の一名は親にパスポートと取り上げられてしまったので、しばらくは再来日できないと言ってきた。ホントかな、多分ホントだろうな?

2011-03-21

シャドウボックス

 銀座「ギャラリーあづま」で今日から開催されている「ものづくりアートゴコロ展」に野崎さんがシャドウボックス作品で出展している(3月27日まで)。
 ホームページ「野崎栄一のシャドウボックス」の写真ではその精緻な作風が伝わらないので興味のある方は是非会場で作品のディテールに触れて欲しい。
 銀座にも東北関東大震災が落としている影は濃い。日曜・祭日に実施される歩行者天国は中止、銀座通りを往く車も人も目に見えて少ない。
 昼食に入った「ブラッスリー銀座ライオン」も時短営業中。ウエイトレス嬢に聞いたところ客の入りも普段の半分以下だという。

2011-03-17

Skype クレジットバウチャー

 昨日一斉に配信されたらしい「Skype クレジットバウチャー」。自分のアカウント画面で配信されてきたバウチャーコードを入力すれば即1USDまでSkypeで通話できるようになる。
 Skype アプリケーションをインストールした iPod Touch で使うこともできる。バウチャーコードは各 Skype ユーザーに固有のコードで使い回しはできない。
 このバウチャーの配信対象は日本在住の全Skypeユーザーとなっている。

2011-03-15

便乗弁当

 北松戸駅前の中華料理店が『震災応援弁当 500円』と称する弁当を店頭販売している。一文字違いの『震災救援弁当』ではない。
 『ガンバレ日本!! 応援弁当¥500』を見るまでもなく便乗商売にしか見えない。

2011-03-14

自力出勤

 午前7時30分の国道6号線馬橋跨線橋信号辺りの上り車線(右)と下り車線。
 今回の地震では発電所も甚大な被害を受けており供給電力量が逼迫しているという。これを受けて大口の電力使用者である各鉄道会社も大幅に車輌の運行を中止したり縮小している。
 国道6号線の上り線の渋滞は、動かない通勤電車に替えて車で出勤する人が急増しているからだろう。
 渋滞で思うように進まない車の列を横目に、狭い歩道を急ぎ足で歩く人達と、その人達の間をスピードを落とすことなく縫うようにしてすり抜けて行く自転車。

2011-03-13

紫嫣(Ziyan)

 San Jose、La Jolla、Boston、Brunswick、Calgary、Sydney、Lyon、Seoul、北京、上海、大連から今回の地震による当方の安否を尋ねれメールが寄せられている。それぞれの都市のTVニュースで流されているとう津波の映像が友人達にも大きな衝撃を与えているのだろう。併せて福島原子力発電所の炉心溶融にも強い関心が寄せられている。
 任科くんからは安否を問うメッセージと一緒に三歳半になった紫嫣(Ziyan)ちゃんの写真が送られて来た。

2011-03-11

大地震

 地震発生後一時間あまり、新宿中央公園に避難していた人達がそれぞれのオフィスに戻るのだろう、公園前の歩道が一杯になった。
 大きな余震が続く中、急に空を覆った黒い雲は地震とは無関係なのだろうか。
 * 今回の地震は「東北地方太平洋沖地震」、地震による災害は「東日本大震災」と名付けられたようだ。
 地震のエネルギー規模を現すマグニチュドは当初発表された8.8から9.0に修正されている。

唐園

 「20世紀のポスター」を見たあと、庭園美術館近くの「唐園」で昼食。
 日替わりランチ定食(金曜日)は「豚挽肉と春雨の炒め物」880円。

20世紀のポスター

 会場内で出会った懐かしい名前達。エル・リシツキー、A. M. カッサンドル、マックス・エルンスト、ヤン・チヒョルト、ベン・シャーン、マックス・フーバー、マックス・ビル、レイモン・サビニャック…。
 出会ったときは既に巨人だった名前達。山城隆一、亀倉雄策、原弘、田中一光、粟津潔、横尾忠則、杉浦康平、細谷巌、永井一正、木村恒久、福田繁雄…。
 東京都庭園美術館で開催されている「20世紀のポスター[タイポグラフィ]――デザインのちから・文字の地から――」(3月27日まで)は竹尾ポスターコレクションをメインに日本の戦後を代表するポスターから113点が次の四つの時代に分類されて展示されている。
 第1部 1900s-1930s 読む文字から見る文字へ:タイプグラフィの革新
 第2部 1940s/1950s タイポグラフィの国際化:モダンデザインの展開と商業広告の拡大
 第3部 1960s/1970s 躍動する文字と図像:大衆社会とタイポグラフィの連結
 第4部 1980s/1990s 電子時代のタイポグラフィ:ポストモダンとDTP革命
 溜息と共に会場を出たが、見逃す手はないお勧めの展覧会だ。

2011-03-06

三木 俊博 展 ―首狩―

 全てが異なる形をしたブロンズによる45体の首が並ぶ「三木 俊博 展 ―首狩―」(3月13日まで)。会場はメタル・アート・ミュージアムの屋内展示場。
 『歴史上、架空上の登場人物を首をテーマにして、手のひらサイズの彫刻群で提示。それらは、じっと立ち、相互に呼吸し響き合う(会場パンフレットより)。』
 45体の一つ一つは小さな作品だが、省略やデフォルメの手法が全て違うことに作者のエネルギーを感じる。
 ◆岡倉天心(左)とルイ14世

森岡 慎也 展 ―ア・ラ・カルト―

 メタル・アート・ミュージアムの屋外展示場では「森岡 慎也 展 ―ア・ラ・カルト―」が開催されている(3月13日まで)。
 『2006〜2010年に制作した作品をいくつか展示します。世界中の様々な色、質の石材をどのように扱うか? 色が主体のもの、量感に気をつけたもの、作品によって少し視線を変えています。統一感はないのでひとつ、ひとつ楽しんでいただければと思います(会場パンフレットより)。』
 ◆百人力(石)
 これを石で作るところがスゴイ! その上美味そうだからもっとスゴイ!
 ◆朝焼けに染まる聖獣(石)
 素材の固まりから顔が顔を出している様は、屋内展示場で同時開催されている「首狩」の作品と響き合うものがありそうだ。
 ◆ポーク(石)
 ソテーにした方がいいのか、衣をつけて揚げた方がいいのか大いに迷うところだ。

風車

 メタル・アート・ミュージアムの帰り、印旛沼の畔に風車とチューリップ畑の様子を見に行く。
 掘り起こされて軟らかくなった土に整然と並ぶ木札。木札の横にはチューリップの球根が植えられているはずだ。
 木札に書かれている『元気にそだて』『きれいにさいて』などのメッセージは、球根を植えた近隣の小学生が書いたものだろう。

2011-03-05

女書

 かつてゲストとして招かれたことがある「もじもじカフェ」は11回目だったが、その後も回を重ねて今日は第28回目。テーマは「中国・女文字の世界」。
 会場は飯田橋のモリサワ東京本社9階ホール。
 定員60名の会場は予約受け付け時点で満席になったとのこと、キャンセルを待つ受講希望者も多かったようだ。
 第一部のゲストは日本語研究者の遠藤織枝さん。
 「女書 (Nushu)」とは中国湖南省江永県の一部に住む謡(やお)族の女性だけが読み書きする女文字のこと。
 遠藤さんが1993年に北京で初めて女書に出会ってから今日までの研究成果の一部を紹介してくださった。
 以下、遠藤さんの発表からその一部を紹介させていただく。
 女書が生まれた背景には、この地方特有の風習「結交姉妹(けっこうしまい/血縁のない二人以上の娘達が義理の姉妹となること。実の姉妹以上に強い絆で結ばれるという)」や、嫁ぐことは不幸であるという結婚観、徹底した男女の役割分担・分業、豊かな農作物をもたらす自然環境、漢民族と謡族が混在して暮らす地域であったこと、などなどがあるという。
 スクリーンは遠藤さんが調査に訪れた村の様子。
 女の仕事の典型「女紅(じょこう/織物・縫い物・刺繍・布靴作りなど女性の手仕事の総称)」のうち刺繍や縫い物が会場入り口に展示されていた。
 親が決める結婚は絶対で、生まれ育った村から他の村(そして他姓)に嫁いでゆかねばならず、併せて「結交姉妹」から離れることでもあり、結婚は若い女性にとって幸せなことではなく悲しいことであったという。
 そんな花嫁に結交姉妹や母、おば、実の姉妹などが冊子を手作りし、女書で歌を書き添えて結婚三日目に贈るのが「三朝書(さんちょうしょ)」で、新婦にとっては非常に大切なものなのだという。
 第二部のゲストは現地から来日中の何艶新さん。
 女書の最後の伝承者* と言われる何さんだが、さっそく女書を書いて見せてくれた。
 とても1939年生まれとは思えないお元気な何艶新ん、聴講者達からの質問にも最後まで丁寧に答えてくれた。
 予定外のことだったが何さん直筆の色紙が頒布された。用意された10枚ほどはあっという間に完売してしまった。
 女書は七言絶句や五言絶句のような詩の形式と密接に結びついたもので、日常のメモや書き付けには用いられないという。
上位手巾尺五長
為的四辺大姉妹
大姉有歌応該唱
不要妹娘起歌声
    何艶新書

 中国語ネイティブにこの詩を見せたが、標準中国語とは異なる表記らしく、何を詠んでいるのかよく分からないようだった。詩の大意は推測も交えて、多分こんなものだろう。

『高く掲げたハンカチは五尺の長さ 姉妹達が回りを囲む
姉達は唄を歌うべき 妹の母は歌声を求めず 何艶新 書』

* 何艶新さんは漢字教育を受けた世代だが、子供の頃、結交姉妹達と女書で詩をやりとりをした祖母から女書を教えられたという。伝統的な環境で女書を身につけた人で現在も健在なのは何艶新さんお一人と考えられている。近年になって養成された継承者は5、6 人いるという。

2011-03-04

タマ

 タマに会いに、明日までになってしまった「嵯峨 英二 展」に出かける。会場はギャラリーオカベ
 タマは10年ほど前までの嵯峨さんの最後の飼い猫で、以来、作品の中で元気に跳ね回っている。
 ◆タマの空遊び(ミクストメディア/F50)
◆タマの休日(ミクスドメディア/S100号)
 『ギャラリー・オカベでタマの個展を始めて、長いようで短い旅の途中ですが、私も15才、そろそろ大人の仲間入りをしたいものと思っております。
 オカベでの初めの5年間は大作中心でアクリル、ガッシュ、パステル、マーカー等を使った元気がとりえのタマでした。その後の5年程はタマに森の子(木彫り)が参加した元気で楽しいそして広がりと奥行きのある発表にしました。以降、今に至るまで、紙に描くタマの作品の中にテンペラ画、油絵が仲間に加わり始めました。
 紙からキャンバス。特にこの10数年間はキャンバスに描くことに試行錯誤し―キャンバスという素材から何回となく振られ続け―ここへきて、僕とタマ。20年。60才でやっと何かが描けるようになってきました。何か光も見えてきたようです。
 今後は大人の仲間入りをするため、じっくり腰をすえ?元気な中にも深みと透明感のある格の高い作品が描けることを目指して行きます…歴史にも残れるかな…。』
―会場の一画に掛けられた『タマのつぶやき?』より―